日々のこと(日記)

一長一短(「長」がつく役職や「先生」と呼ばれる人は) ☆

2020年11月09日

どんな人でも一長一短、素晴らしい面と何とも…な面があるのかな。それは仕方ないかよね。
 ボクは子どもの頃に、「大人は何でも知っているはず」「感情的になんて、大人はなるわけがない。(保育園の)中には癇癪持ちな子がいても、誰もが大人になったら、感情で怒るなんてことはないはず」と、思っていた。

 小学生の低学年な時に「この宇宙は、どこかの実験室か何かの水槽のような中で、たまたま起こった爆発のような(語彙が乏しいけど、原子核融合のような)ことなのかな?」と思い、仕事中の父親に訊いてみました。
 すると「お父さんには分からないよ」と、そりゃそうですね、当然の答えが返ってきました。
 大人でも知らないことがあるんだー、と、思いました。
 同じ頃、学校の新任の先生にも「(タイムマシンを作るのに)、先生は大学っていうすごい学校を卒業しているのだから、原子核エンジン(当時のボクにはすごいエンジンと思っていた)くらいは日曜大工で作ってもらえる」と、考えていた。
 当然新任の先生はちょっと困っていた。そりゃ、教育学卒なわけで、物理学専攻でもない、物理学者でも簡単なわけがない。あまりにも無茶な話ですよねー(笑)、そのくらいのギャップがありましたから…。
 自分が二十歳以上の大人(おじさん)になって、無茶振りする子どもだったんだな…と、わかりましたよ。

 それはともかく、大人は怒ったりなんてする訳がない(群馬の叔父も面白いけそんな感情で怒るなんてなかったhttps://harmonylife.ocnk.net/phone/diary-detail/1678とかね)。
 ましては人から「先」「社長」と呼ばれる人なんて立派過ぎるはずだよね、と思い込んでいた。
 でも、だんだんと自分を含めてそうではない、と分かってきた。自分かワガママなのは(年齢的には二十歳のオジサンなのに未成熟だと思っていた)。なんて脳天気なんだかね。
 
 今の言葉で表せは、[忍耐出来るのが大人で、忍耐出来ないのが子ども」という認識でしたよ。22.23歳の頃に初めて足立さん(建築家の先生と呼ばれる人)に会って、「(この人はなんて立派な大人(人間)なんだ」と、思いましたー。
 比較するのは無理なことですが、他の大人(自分を含めて二十歳以上のオジサンもオバサンも)は、大人になり切れてないんだな、と思っていました。
 愛さんには、些細なことで叱られていたから、身近で信頼している人ても怒るのは仕方ないね、と(笑)思っていましたが、愛さんはボクに対しても忍耐してたんだな、と今になると思えます。

 なので、人間誰もが、得意不得意の分野があって、一長一短は仕方ないこててすよね。
 でも「仕方ないこと」と、思っていたら、良くないんだな、とも思います。
 人間なんだから(エクサピーコが)進化していく必要があるよね。
 スピードは早くても遅くても、前を向いているのは間違いなく必要だよな、と思います。
 
 完璧を求めたら、無理なので、前を向いて、上を向いていこう。
 「上」とは、宇宙のことてすよね、
  毎日生活してると、この世のシガラミだらけですが、上を向いていこう。他の人の一短には目を閉じて…,いけたらは、いいな。

 いつも間にか、ウルトラマンに登場する隊員達が自分よりも若い。公務員なんて、世の中に奉仕したい人ばかりなはず。と思い込んでいましたが、まさか自分の生活の安定の為に仕事している人がいるなんて、驚いた。大人というのも、同じように思っていたから。
 先生や社長たちは、ホント大変ですねー。自らハードルを高く設定している、そうだよね。
 当然ボクは先生てはないし、出来るだけ「先生」と世間で呼ばれている人にも、「◯○先生」と呼ばないようにしています。いいんたか、悪いんだか。わかりませんけど、工夫です。「◯○先生」と呼ばれたら負担ですよね?
 でも、呼ばれたい人もいるのかな?
 「先生」と

人には呼び捨てをしないようにするけど、いかなる人にも、呼び捨てには出来ないんです。(家族は別として。必ず、さん、君、ちゃん、などは付けてささまいます。
 気持ち、敬意を持って、「さん」で人を呼ぶことが多いです。

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