2018年11月11日
起きたら九時直前でした。寝坊ですが…夜中に目が覚めて、どうしてもやりたくなってしまったことがあって、コツコツとやってしまった。目が覚めてからやりたくなったのか、眠っている間にもやりたかったのか?
物理的、他の条件などでその時に出来ない事は別として、思い立ったらやってしまったほうがいいね。
そんなんで、朝方もう一度眠ったから、遅起きでした。
注文品の発送時に同封しているコピーがなくなってた。コピーしに行かないと。
後で本を読みに行く、その前に少しコピーしよう。
なんかさ、ミヒャエル・モーザー関連の本や写真集を見ているからか、ふとした時に浮かんでくる風景が明治初期ばかりだ(笑)。
日本は、世界はたった数百年でどんどんマイナーな方向に加速している感じだね。
明治元年(1868年)のヨーロッパ、アフリカ、インド、東南アジア、中国、そして日本。彼の手記から、同時間軸のなかで日本の社会は自然だったんだな、と感じる。ヨーロッパが植民地を広げていた時代だけど、オーストリアの少年の目から見た世界が記録されている。船旅で各地に滞在した時に残った『もうココにいたくない』という感覚。もちろん日本滞在時もイヤな思いもしたことがあるって書いてあった。
それでも日本が好きだと感じてくれていた。気候とか風景、街並みとかもだけど、日本人がおおむね親切だったこと。だから、言葉も通じない遠方の地なのに、そこに留まることを決められたんだろうか。
あの時代…世界中を旅するのは、出来なくはないけど、命がけだよね。安全が約束されている旅行に行くのと訳が違う。言葉も違う、文化・風俗・習慣、姿形も違う人たちの世界に行くのは、ワクワクする気持ちと同時に怖かっただろうな。
ちょんまげ。服装やもろもろについて。中国人は三つ編みに髪を編んでるとか、一部の女性たちは纏足だとか。そういう中で日本人の髪型はかなり奇抜に見えたらしい。前を剃り上げて、髪を頭頂部でシーセージ大にポマードで固める…三つ編みなどは性別などは違えど、理解できたのだろうけど、『ソーセージ大に固める』は、凄いよね(笑)。そして多くはないけど、ちょんまげの人たちの写真も載っている。これは…細部はともかく絵面がA君やH君のようだった。彼らはちょんまげの名残の髪型なんだね(笑)、だからオデコの部分を広く剃りこんでいる。そうに違いない(笑)。今度訊いてみよう。
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